【ネスレ(NESN) 分析・前編】なぜ、市場が「絶望」を織り込んだネスレを、あえて「買い」続けるのか

ネスレの地球儀と多国籍製品(ネスカフェ、キットカットなど)

こんにちは、しーげる🐧です。 私は「配当を増やし続けてくれる株(連続増配株)」を買い集めることで、将来のキャッシュフロー(配当収入)を構築する投資を実践しています。

本日は、その実践編の核心です。 私のポートフォリオにおいて、中核をなす銘柄の一つネスレ(Nestlé S.A.)について解説します。

先に、本質的な結論から申し上げます。

ネスレは、今、多くの投資家がイメージする「“安全な”優良株」ではありません。

「ネスカフェ」「キットカット」という世界的なブランドイメージとは裏腹に、現在のネスレは「3つの構造的な逆風」にさらされ、株価は歴史的な低迷を続けています。

「オルカン(全世界株式)」のような市場の総意(インデックス)は、ネスレを「リスクあり」と正しく判断し、その組入比率をわずか0.7-0.8%程度に抑えています。

この記事(前編)では、なぜネスレが「危険」とみなされているのか、そのネガティブな現実を、一切の忖度なく徹底的に直視します。

そして、次の記事(後編)で、なぜ「そのすべての悪材料を承知の上で」あえて市場に逆らい、この株に大きな資金を投じているのか、その「定量的(=数字に基づいた)な根拠」を、詳しくお話しします。

(※ 投資は自己責任です。本記事は特定の銘柄の購入を推奨するものではなく、あくまで私個人の分析プロセスを公開するものです。)


第1部:「王」の地位を脅かす3つの構造的脅威

現在のネスレの株価低迷は、パニック売りではありません。市場が「合理的」に恐れる、3つの重く、構造的な逆風が実在します。

【脅威1】GLP-1(通称:やせ薬)による「食の前提破壊」の“可能性” 「オゼンピック」に代表されるGLP-1治療薬は、単なるブームではありません。これは、人間の「食欲」という根本的な欲求をコントロールし、カロリー摂取量を有意に減少させる(一部の研究では16〜39%のレンジが報告されています) 食品業界の「前提」そのものを変える“可能性”を秘めた脅威です。

ネスレの中核事業が何か、思い出してください。 「キットカット」(菓子)、「ハーゲンダッツ(※北米除く)」(アイス)、各種「スナック類」、そして「冷凍食品」です。

GLP-1の普及が、どの程度の速度で、どれほど広範な消費行動の変化につながるかは「不確実性」が高いものの、「間食」や「高カロリー食」への欲求を構造的に変化させるリスクは本物です。実際、ネスレ自身がこの脅威を認識し、「GLP-1フレンドリー」製品の開発に着手していることが、その深刻さを物語っています。

【脅威2】中国市場という「成長エンジンの停止」 ネスレが「次の10年の成長ドライバー」と期待した中国市場が、深刻な不振に陥っています。 最新の2025年9ヶ月累計の業績で、中華圏のオーガニック成長(本業の成長)はマイナス6.1% 。これは「減速」ではなく、明確な「後退」です。会社自身も、中国が「足かせ(Drag)」となっていると公式に認めています。

【脅威3】強すぎる「スイス・フラン」という“財務的窒息” 「ネスレはスイス企業だから、米ドル集中を避けられる」——これは、今や「二重のリスク」です。

スイスは「永世中立国」として世界中から「安全資産」としてのお金が流れ込み、その通貨(スイス・フラン)は歴史的な高値圏にあります。

この「強すぎるフラン」が、ネスレを財務的に窒息させようとしています。

「強すぎるフラン」にはどんな影響がある?
  • ネスレ本体の「報告利益」を圧殺する ネスレは世界180カ国以上で稼ぐグローバル企業です。しかし、決算書は「スイス・フラン(CHF)」で記載されます。 海外で100億ドル稼いでも、フランが強すぎると、スイスに持ち帰った時の「フラン建ての利益」は目減りします。実際、最新の9ヶ月累計の業績(2025年10月発表)では、売上は本業(オーガニック成長)で+3.3%成長したにもかかわらず、この為替のマイナス影響(-5.4%)のせいで、報告上の売上は「-1.9%の減収」となっているのです。
  • 日本人投資家の「取得単価」を吊り上げる 私たちがIB証券を使ってネスレ(NESN)を買うことは、この「歴史的な高値にあるスイス・フラン」を、日本円(JPY)で買うことです。(※日本の証券会社ではスイス株投信はあっても、NESN の直接取引は限定的です。米国ADR(NSRGY)は選択肢となりますが、本稿はスイス上場株NESNを分析対象とします)

つまり、「強すぎるフラン」がネスレの利益を圧迫して株価の上値を抑え(マイナス1)、私たちはその「高い通貨」を「高い円」を払って掴まされる(マイナス2)。これは「安全なヘッジ」どころか、二重の逆風そのものです。


第2部:「鉄壁の堀」は、なぜ埋められたのか

ネスレの強さは、この3つの逆風に耐えうる「鉄壁の堀(モート)」にある、と信じられてきました。しかし、その堀もまた、試練に立たされています。

【堀の崩壊1】ピュリナ(ペットケア):消費者は「乗り換え」を始めている ネスレの最強事業「ピュリナ」。その堀は「感情ロック」でした。「うちの子(ペット)が喜ぶフードを、今さら変えたくない」というスイッチング・コストです。

しかし、その堀は絶対ではありません。 最新の9ヶ月累計で、ピュリナのオーガニック成長はわずか1.2%に鈍化ある業界紙(PetFoodProcessing.com)は、ピュリナの売上が9ヶ月で5.5億ドル減少したと報じています 。

なぜか? 消費者が、より安価な「プライベートブランド」や、あるいは真逆の、より高品質な「(人間が食べるような)フレッシュ・ヒューマン・グレード・フード」へと、静かに、しかし確実に「乗り換え」を始めているのです。

【堀の崩壊2】ネスプレッソ:「特許」という城壁の消失 ネスプレッソは、「本体マシンを配り、専用カプセルで儲け続ける」という「規格ロック」のビジネスでした。

しかし、その城壁(=独占)の源泉であったカプセルの基本特許は、2012年に失効しています。 今や、スーパーには安価な「互換カプセル」が溢れています。ネスプレッソの優位性は「独占」から、莫大な広告宣伝費を投下し続ける、血みどろの「ブランド・マーケティング」という消耗戦に変質しているのです。


第3部:市場の「絶望」を映す、経営陣の「大手術」

これら全てのネガティブな現実が、一点に集約されます。

1. 経営陣の「大手術」:16,000人削減 2025年10月16日、ネスレは最新決算を発表しました。 見出しは「Q3成長率4.3%に加速!」というポジティブなものでしたが、これは「去年のQ3があまりに酷かった」だけの「見せかけの回復」です。 その証拠に、この「良い数字」と同じ日に、新CEO(フィリップ・ナヴラティル氏、2025年9月就任)は、もっと重大な発表をしました。

「全世界で、社員約16,000人を削減(リストラ)します」

これは「絶好調の会社」がやることではありません。「このままではマズイ」と追い詰められた会社が、生き残りのために断行する大手術です [17]。

2. 格付け会社の「警告」:S&P、見通し「ネガティブ」へ 2025年10月27日、市場にさらなる衝撃が走ります。 格付け会社S&Pが、ネスレの格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げたのです。

その理由は、まさにここまでの分析の集成です。 「(2024年末に完了したCHF 20bnの自社株買いによる)高水準の負債」を抱える中で、 「(16,000人削減などの)リストラ費用(約20億CHF」がかさみ、 「(GLP-1や競争激化に対抗するための)広告宣伝費の増加」で利益率が低下するとS&Pは予測しています。 (※注:S&Pは、同社独自の「S&P調整後EBITDAマージン」が2024年の21.6%から2025年は約20%に低下すると予測。これはネスレが公表する「基礎的営業利益率(UTOP)」(2024年実績17.2%)とは異なる指標です)

S&Pの結論は、「(聖域である)配当金の支払いがキャッシュフローの大半を吸収」し、借金返済(レバレッジ解消)が全く進まない、という厳しいものです。


結論(後編へ):市場は「合理的」に絶望している

  • やせ薬」「中国」「フラン高」という3つの構造的脅威。
  • 「ピュリナ」「ネスプレッソ」という2つの堀の崩壊懸念。
  • 「16,000人削減」「S&Pネガティブ」という2つの“警告” 。

これらすべてが、現在の「株価78.90フラン」(11月4日終値) という低迷の理由です。 市場(オルカン)がネスレの比率を0.7-0.8%に抑えているのは、完全に合理的です。

では、なぜ、これほど「合理的」に絶望視されている銘柄を、一定のポジションを取って買い向かっているのでしょうか?

それは、「市場が、これらの悪材料を“過大評価”している」と、私自身の「数字」が結論づけたからです。

市場は「合理的」ですが、同時に「近視眼的」です。 市場は、リストラの「痛み(20億CHFのコスト)」を即座に株価に織り込みましたが、 その手術によって生まれる「未来の健康(年間30億CHFのコスト削減目標)」には、ほぼゼロの価値しかつけていません

後編では、 「なぜ、ネットで語られる“真の利回り”が、投資家を欺く“罠”なのか」「なぜ、最新のスイス“0.1%”インフレ が、DDM分析の“前提”を覆すのか」 そして、 「DDM(配当割引モデル)を“逆引き”して暴き出す、市場の『過度な悲観』の正体」 について、徹底的に解説します。

後編はNOTE「【ネスレ(NESN) 分析・後編】株価78.90フランに隠された、市場の「2.6%」という“誤算”」(無料)からお読みください。

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